のんびりmathematicー数学主婦のブログ

大学院まで数学を専攻していた主婦によるのんびりブログ

先生は「なんでそうなるか」教えてくれなかった!?

先生は「なんでそうなるか」教えてくれなかった。

 

と、特に、大人の方からよく聞きます。

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数学の授業で、たくさん問題を解かされたり、計算させられたりしたけれど、「なんでそうなるか」を、先生は教えてくれなかった、ということらしいです。

 

三平方の定理を使えるけど、「なんで三平方の定理は成り立つのか?」はわからないで使ってました。先生は教えてくれませんでした!

だから、数学の勉強が面白くなかった!

 

とのことです。

 

この、頻繁にあるらしい

「先生は、なんでそうなるか教えてくれなかった現象」

を、分析してみたいと思います。

 

1.私の予想:先生は教えていたはず

結論から言うと、たぶん先生は教えていたと思うんです。

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 もちろん、高校数学の範囲では説明しきれないものもあるので、そういうものは飛ばしたり、お茶を濁したりするしかないのかもしれませんが、ある程度、説明できるものはしているのではないのかなあー、と予想しています。 

 

なんで、私がそう思ったかというと…

 

まず、「なんでそうなるか」というのは、数学で言えば「証明」のことなわけです。

証明が理解できれば、「なんでそうなるか」は、わかります。

 

つまり、

 

先生は「なんでそうなるか」教えてくれなかった

 

というのは、

 

先生は、定理や公式の証明をしてくれなかった

 

と、言い換えられると思うんです。

 

でも、さすがに、「一切証明しない先生」って、なかなかいないと思います。

もちろん、「この証明は難しすぎるから、うちのクラスの生徒は理解できないかも…。簡略化したり、飛ばしたりしておくか」みたいな、先生の判断はあるかもしれないですが、「一切証明しない」ってことは、ないんじゃないかなあ、と思うんです。

 

もし、万が一、「一切証明しない先生」がいたとしても、教科書には、定理や公式の証明が、掲載されています。なので、教科書さえ持っていれば、読もうと思えば、いつでも読めるんですよね。

 

なので、多くの場合、先生は「なんでそうなるか」教えているはずだし、生徒は「なんでそうなるか」知ろうと思えば、いつでも教科書を通して知れるわけです。

 

では、なぜ、先生は教えていたのにも関わらず、「先生は、なんでそうなるか教えてくれなかった現象」が多発してるのかを考えてみたいと思います。

 

2.証明は退屈で難しいもの

やっかいなことに、この「証明」というのが、多くの場合、退屈で難しいんです。

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個別具体的な感動ストーリーではなく、抽象的かつ一般的な話ばかりで進んでいき、人間も動物も花も土も空気すらも出てこない、いっさいの具体的なモノが何も出てこないのが証明です。数と記号の羅列です。さらには、論理も緻密に積み上げなきゃいけない。その緻密さも、重箱の隅をつつくような緻密さなんです。「場合分け」のことを思い出してみれば、「重箱の隅をつつく」の意味が、少し感じられると思います。

 

数学好きにとっては、こういう話が大大大好物なんですけど、大抵の人にとっては、「退屈で難しい」そして「眠くなる」話なのです。

 

だから、聞いていても「よくわからない」し、そもそも「だるいし、聞きたくない」って思っちゃう人が多いです。

スーパー理屈っぽい抽象的な一般論を、長々と聞かされるって、しんどいじゃないですか。

 

そういうことって、聞いたり読んだりしても、全然記憶に留まらないと思うんです。一部の数学好き以外は。

 

なので、「先生は教えてくれなかった」のではなく、「なんでそうなるかの説明は、つまらないし、わかんない話だったから、記憶に残らなかった」が正解である気がします。

 

一方、問題を解いたり、計算したりしたことをよく覚えているのは、それが個別具体的な作業で、記憶に留まりやすかったのだと思います。

「できた!」「合ってた!」という達成感も抱きやすいですし。

 

3.難しいのも、数学のいいところ

ここから変な話をします。

実は、私、その「証明が難しくて、全然わからない」っていうのを「数学のいいところ」だと思ってるんです。すごくいいところだと思います。

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もし、数学の証明を「誰にでもわりやすい、やさしい表現」に、完全に変えてしまったら、「数学のいいところ」が、なくなってしまって、それは数学ではなくなってしまう気がするんです。

(だから、小学校で学ぶのは”算数”という名の教科なのかもしれません。)

 

抽象的で、一般的で、論理的で、普遍的で、緻密なのが、数学だと思ってます。そして、そのせいで数学は難しいです。

 

でも、そのおかげで、数学には高い汎用性があって、サイエンスに驚くほど役にたちます。インフラとして、みんなが安心して使えます。

 

少し話は変わりますが、「みんなが長く使うもの」って、つくるのすごく大変じゃないですか。難しいじゃないですか。

 

SEの人とか、めっちゃわかると思うんですけど、「みんなが何となく使ってるソフトウエア」を開発するのに、気が遠くなる労力を要してますよね。すごい大変ですよね。

 

他にも、家とか、道路とか、なんでもそうだと思うんですけど、「みんなが長く使うもの」をつくるのって気が遠くなるほど大変だと思います。あらゆる条件を緻密に考慮して、綿密に設計をして。

 

特に、「壊れても、買い替えちゃえばいいや」っていうものではなくて、「みんなが、できるだけ長く、良い形で使い続けられるように」という精神でつくるモノって、それは、もう”職人技”みたいなものが、必要になってくると思います。

 

そう考えると、「数学」は、全世界、全人類、時代をこえて永遠に使える道具として、存在し続けないとならないモノです。

だから、数学を裏付けるための「証明」というものが難しくて当たり前だと、私は思うんです。”職人技”のオンパレードで緻密で難しいです。厳しいものだと、「修行してから出直してらっしゃい!」って、読む人を跳ねのけてくる「証明」もあると思います。

 

その証拠に…

数学書というのは、定理等の結果&証明がダダダダーッと書かれているのですが、

この数学書って「1日1~3ページ」くらいしか、多くの人が読み進められないんです。数学が好きで、数学に慣れてる人にとっても、証明を読むのは、難しくて大変なことなんですよ。

詳しくは、この記事に書きました↓

 

4.ぜひ証明を読んでみて!

大人のみなさんにお伝えしたいんですが、その難しい証明を、良かったら読んでみてほしいんです。

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10代の頃に出会ったであろう三平方の定理とか、円周角の定理とか、有名な定理の証明なら、結構ネットに落ちてます。良かったら、中高教科書も、一冊だけ買ってみてください。教科書は、とっても安いです。

 

たぶん、証明を読んでみると、思った以上に「わかった!」ってなると思うんですよ。

さらに言えば、もし、わからなかったとしても、「わかんないなあ」っていう感覚も、余裕を持って楽しめるようになってると思うんですよ。

 

私みたいな人が偉そうに言うのも変ですが、大人のみなさんって、人生経験豊富で、中学生や高校生だった10代のときより、色んなことを考えられるようになってると思います。

 

きっと、生きてきて、難しいこととか、大変なこととかあって、それらに何らかの決断や選択をしてきたわけですよね。苦労がたくさんある中で、考えて、考えて、そして生活してて。それはすごいことで、その中に尊い思考がいっぱい入ってると思うんです。

だから、10代のときには、わからなかった色んなことが、今ならわかってきているはずです。

 

たぶん、今なら証明を読んで、理解できることがたくさんあると思います。「意外とわかる!」と、ぜひ自分に感動して、驚いてください!

 

そして、今、まさに数学を勉強中の10代の方も、問題演習に慣れてきたら、定理や公式の証明を一読してみてください。最初に証明を読んだときよりも「よくわかる!」と驚くと思います。 読んでみて、「まだ、よくわからないなあ」と思ったら、また問題演習に戻って、しばらくしたら、もう一度読んでみてください。ぜひぜひ。

受験が終わっても、良く分からないなあ~と思うことがあったら、5年後、10年後に、また考えてみたら素晴らしすぎる発見があると思います。そして、それは宝物になります。かならず。

 

ぜひ、証明の良さを、しみじみのんびり味わってみてください。 

 

5.東大の入試問題のこと

昔、東大の入試問題に、「三角関数の加法定理を証明せよ」や「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」というのが出て、話題になりました。

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「わー、素敵な問題だなあ」と、思う反面、自分が受験生だったら、ドキドキするな…とも思いました。

 

なんというか、「あなたは、数学と向き合いましたか?」と、腰を据えて、どっしり尋ねてくるような入試問題で、とっても挑戦的で面白いなあ、と思うんです。 

6.さいごに

中高の数学って「全部わからなきゃ…」「解けないと…」って、すごく焦って勉強する人が多い気がしますが、「わからなかった」「解けなかった」部分が、結果として残ってしまっても良いと思います。

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それを覚えておいて、5年後、10年後、20年後、30年後に、アルバムのように眺め直して、「ああ、今ならわかるなあ。そういうことだったのか」って、しみじみ実感する時間を過ごす人がいたとしたら…

それは、その人にとって、宝物のような時間になるんじゃないかしら…

 

と想像すると、にやにやが止まらない幸せな気持ちになってしまいました。

 

(おしまい)