のんびりmathematicー数学主婦のブログ

大学院まで数学を専攻していた主婦によるのんびりブログ

可算無限と腕立て伏せとヨガと数学教育のこと

突然ですが、ヨガが趣味なので、ヨガの話をしようと思います。

 

f:id:nekomath271828:20170926205419j:plain

 

1.私は運動ができない

ヨガには色んな側面があるみたいで(哲学とか瞑想とか)、そんな深遠な話もいつかしてみたいのですが、

とはいえ、私はヨガ初心者なので「身体を動かす」いわゆるハタヨガの話をしようと思います。

 

ヨガって、やったことある人はわかると思うんですが、静かなポーズに見えて、めっちゃキツイんですよ。体幹とか柔軟性とか、あらゆることが必要で、「そりゃあ、長友もやるわ」って思います。

 

困ったことに、私、超運動できないんです。だから、ヨガが、めっちゃしんどいんですよ。恐らく、ヨガインストラクターの人に「どうやって生きてきたんだ、この人は」と思われているであろう程度に、筋力とか体力とか、一切ないんです。

 

それでも、コツコツ続けていたら、ある日、一回もできなかったはずの腕立て伏せが一回だけできたんですよ!!!

あと、立位体前屈で手の平がベタッとつくようになったんですよ!!!

めっちゃ嬉しくて、実家の母に「聞いてー!!できたー!!!」と報告しに行ったくらい嬉しかったんです。

 

なんか、どちらも、割と大したことない話だと思うんですけど(特に腕立て伏せの方)、私にとっては革命的に嬉しかったんです。

2.超つまんない大人

急に、数学の話に変わります。すみません。

 

私、ちょこちょこ数学を教えることがあって、その多くが中高数学なんです。

正直、中高数学って、私にとって「遠い昔に過ぎ去ったもの」で「ほとんど知ってること」なので、教えていても、感動とかって、あんまりないんですよ。

 

「あー、これね」「あーあれね」っていう感じで。

時間があるときに、中高の教科書読んでノートにまとめたり、大学入試問題解いたりしてるんですけれど、そのときも、「あー、これね」「あーあれね」っていう感じになっちゃうんです。

 

でも、10代の頃の私は、

フィボナッチ数列に感動し、

黄金比に感動し、

微分積分に感動し、

マクロ―リン展開に感動し、

オイラーの公式を知って感動し…

だったんです。

 

でも、今の私は「あー、黄金比ね。(1+√5)/2ね。知ってる、知ってる。」みたいな感じで無味乾燥になってしまって、超つまんない大人となってしまったのです。さいあくです。

 

3.1000以上の数

小学生のときに、はじめて1000以上の数を学んだとき、すっごく嬉しくて、わくわくしたんです。

「わー、でっかい数だー!!すげえええ!!」みたいな感じで。お小遣いも「何百円」単位だったから、「千以上」っていうと、小学生の私にとって、すっごく大きい数なんです。そのため、未知すぎて、わくわくしまくってしまったんだと思います。

 

もう、すっごく嬉しくて、お母さんに、

「今日ね、1000以上の数、習ったんだよー!!」

って、報告したんです。

 

そうしたら、

「すごいじゃんー!!」

って褒めてくれて、一緒に喜んでくれて。当時の私は、その反応にすっごく嬉しくなったんです。「嬉しい!」の波の振幅が10倍くらいに引き伸ばされた感じがしました。

 

今考えると、お母さんにとって「1000以上の数」なんて取るに足らないことだと思うんです。買い物とかしてるわけだし。

それでも、私という子どもが、初めて出会う「大きな数」に対して、一緒に喜んでくれたんです。

 

そのときの感覚を、今でも忘れていないし、恐らく、この感覚が、「私が数学が好きになること」を後押ししてくれたんだと感じます。

 

この経験以来ずーっと、「大きな数」に思い入れを持ち続けていました。だから、数Ⅲの極限、集合論の可算無限と非可算無限などなど、初めて学んだときの感動がくっきりとあったのです。どれもこれも思い出深いです。しみじみ。

 

4.いい歳になってから苦手なことをする

ヨガの話に戻るんですけれど、いい歳になってから苦手なことをするのって、しんどいですよね。

若いときみたいに、スイスイ身につかないし、そもそも「苦手!」っていう先入観もしっかり育ってしまっているし。あと、プライドとかもあるし…。

 

でも、実際、苦手なことをやってみると、「できるようになったときの感動」が、ものすごいなあ、はんぱないなあって思ったんです。

たぶん、筋トレ趣味の人が「腕立て伏せ一回できた。すごいだろ」と私に言われたら、「ふざけんな。俺は一日50回やってる」とか思うんでしょうけれど、私にとっては革命的な大事件なんですね。苦手だったし、「私には絶対できない」と思い込んでいたから。本当の革命です。腕立て一回革命です。

 

恥ずかしい話なんですが、腕立て伏せが一回だけできるようになったとき、筋トレ趣味の夫に「すごいだろ」と自慢したら、「ふざけんな」とは言わず、「確かに。腕の筋肉変わったもんなあ。」と、成長を褒めてくれたんです。なんか、とっても嬉しくて誇らしい気持ちになりました。

 

5.すごいじゃんー!って言える人

私自身、天才でも何でもないので、数学の勉強に関して、泣きながら地味な努力をしてきたんです。でも、その努力のプロセスって、どんどんどんどん忘れてしまっていて、気づいたら「あー知ってる。知ってる。」系のつまんない大人になってしまっていました。

 

でも、ヨガをやってみて、「腕立て伏せ一回できたぜ!」の感動を味わったときに、「初めて1000以上の数を学んだ日」とか「黄金比を知った日」とかの感動を、わーーーーっと思い出しました。

 

もちろん、あの日の感覚には還れないけれど、

昔、お母さんが「1000以上の数と出会った私」に「すごいじゃんー!」と言ってくれたのと同じことを、自分もしていきたいなあ、と思ったのです。

 

今の私には取るに足らなくなってしまったものでも、相手が新鮮に感じるのならば、ぜひとも一緒に喜んでいきたいなあ、と、下手すぎるヨガを練習する中で実感したのでした。

 

(おしまい)